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「随分早いのね」
「血圧は少し下つたしね」
「何かね、わしがどうしたといふんかね」
この云ひ分はいつでも何かあるごとに、練吉の口に上つた。正文の前でも云つた。何年かの間繰り返された練吉の云ひ分だづた。
半ば感心し、半ば疑はしさうに、彼は指を自分の眼に向けてみた。
その何番はわたしの隣室で、当分お客を入れないといったのも無理はない。そこは幽霊(?)に貸切りになっているらしい。宿へ帰ると、私はすぐに隣座敷をのぞきに行った。夏のことであるが、人のいない座敷の障子は閉めてある。その障子をあけて窺うかがったが、別に眼につくような異状もなかった。
「なんだね、クレーの射撃なんてものは昔はなかつたもんだが、こなひだの競馬は僕も見たけれども、子供の時以来十何年ぶりのわけだが、あれはちつとも変つていないね。優勝の景品が米俵だなんてね」
「よく来て下さいましたな。何しろ不便なところですから、途中が大変だつたでせう」
「相沢の先代が生きている間は知吉さんも手が出なかつたのさ。目の上の瘤がなくなつたから、いよいよ本性を出したといふところだらう」
房一は熱心に愛想よく椅子をすゝめた。
「いや、さういふことは人によつてはあるんだよ」
「やっぱり半之丞の子だったですな。瓜うり二つと言っても好よかったですから。」
ときは房一を見ると、殆どすがりつきさうになつた。そして、口をひきつらせ、上半身を揉むやうにして訴へかけた。